2018年06月18日

歯車 第一章 二一

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「歯車-Wheel of fortune-」第一章 二一
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 風が吹いていた。太陽が森の向こう、海の中へと沈んでいく。空は青から赤へ色を変えていた。
 ジンはその様子を屋上に上がって、飽きもせずに見つめていた。空の色がこんなにはっきり見えるのは、ここに来てからだ。
 あの白い景色の中では、こんな鮮やかな空の色は見れなかった。この家まで来るまでも空を見上げたりはなかった。
 そのことに感慨深げにしていると、後ろから肩を叩かれて振り向く。リンが立っていた。
「お母さん……」
「少し話しても良い?」
 その言葉に首を縦に振る。すると彼女は隣に座ってきた。
雨露ウロ――から聞いたわ。襲われたって……」
 そう言われた途端、晶はぶるっと身体を震わせる。後ろから追いかけてくるたくさんの鳥、海へと飛び込んだ感触――それらが記憶として呼び戻されてきた。
「そのことを話しておこうと思ったの。何か聞いてる?」
 晶は額にしわを寄せた。途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「……めずらしい、鳥を集めてル、人がイテ――ワタシはめずらしいカラ、おそわれたデスカ」
「そう。その人の名前はシェイというの」
 シェイ、と反すうする。林はこちらを向いた。話題が変わる。
「このサイヒ国トソム・ディオバのことは聞いている?」
 今度は首を横に振る。
「サイヒ国は新しく出来た種族や領土をなくした種族が住まう唯一多種族の国。鳥人ニャオレンの場合、後の種族の類に入る」
 後、というと領土をなくしたということになる。どうしてなのだろう、と続きを待った。
「もう遠い昔、私たち鳥人はシシ国ノイルの北方、今のロウ国フォルーのある辺りに住んでいた。それが狼頭人ウルフマンに攻められて……」
「狼頭人とは怖いものなのデスネ……?」
「怖い、なんてものじゃなかったそうよ。少し油断すればすぐ食われた。鳥の姿をとっていなくても、そのまま――」
 晶も怖くなって、きゅっと目をつぶった。その様子を見て、林は話を変えた。肩を抱いてくれる。
「それで領土を狼頭人に明け渡して、鳥人は仕方なくここサイヒ国へ来た。船で行き来できるところに有翼人ウィンディアリがいたし」
 そしてもう一つ問題を抱えていてね、と話が続いていく。
「領土、というものはあるけれど、領空という言葉はなかった。だから空の飛べる者たちは比較的自由に飛び回ってたんだけど――やっぱり自国の上を飛び回られるのは心中穏やかじゃないんでしょうね。それに有翼人との諍いもあり、大きな争いになってショウ国ラトスイルクの知るところになったのよ」
「それで、どうなったんデスカ?」
 先を急かすと、林は哀しそうに目を細めて笑う。
「空を取られてしまったの。有翼人も鳥人も空を飛んではいけない、と」
 私達空を飛ぶ者はその空を取り戻すべく動いた、と林が続けた。
「有翼人は世界の郵便を扱うことを、鳥人はサイヒ国に永住して領土を持たないことを条件にして、ショウ国へ何度も足を運んだようね」
「今、空を飛べるということは認められたノデスカ?」
「ええ、ハン国――有翼人の国が設立した配達人の評判によって、ショウ国は近隣の国たちと条約を結んで、私達に空を飛ぶ権利を許してくれたのよ」
 ショウ国とはとても影響のある国らしい、と晶は推測する。
 でも――、と林の表情が暗くなった。
「この条約にも加わらず私達の空を奪おうとする国があるの。まだまだ全ての空を許されたわけではないわ。それらの国はひとつずつ説得しているところなんだけど、ずっと私達を攻撃している国がひとつある」
 ぴんと来て、その国の名前を口にあげる。林はそれに肯定を返した。
「その国――ロウ国は私達から領土を奪った種族の国。さんざん虐げようとしているんだわ」
 結局未だに解決できてない、と悔しそうに言う。
「その時、ロウ国の説得を自分に預けてくれ、と言い出した男がいたの。彼は鳥人でも有翼人でもないと言ったわ。どこの種族かも分からない者だった。私たちは最初のうち疑っていたけど、違う国での説得を今までと比べて短時間で行うことが出来たから、結局はその男にあずけた」
 その男がシェイですカ、と訊ねた。
「その男――シェイは結局説得のために集まった者たちを従えるようになった。今はその説得も行われていない状況よ。それどころか」
 ちらり、と晶を見る。
「自分の趣味……珍しい翼を持つ者の収集僻の満足のために用いている。あなたを襲ったりしたようにね」
「――シェイはワタシにどんな価値を見出したのデスカ?」
 十年間も卵のなかで過ごしていたというのは聞いた。でもそれだけで、そんなにめずらしがることがあるのだろうか。
 晶のその質問に、林は笑って答えた。
「晶、あなた自身が思ってるより大きな価値があるのよ。大きく分けて二つの理由で」
 シェイはどんなめずらしい者でも集めるんだけれど、と前置きしてから続けた。
「一つは、あなたが十年間卵のなかにいたこと。そのために大きな力を手にして、大切な役目を任されることになった」
「役目……デスカ?」
 聞き返すと、眉を寄せる。
「役目、という言い方は違うかもしれないわね。なんと言えばいいのか分からない。でもしかるべき時が来れば、白公と名乗る女性が来る。あなたを迎えにくるの。そしてあなたはここを離れ、遠いところへと旅立つ」
 それは確実なこと、と良い添えた。
「お母さんと離れるのデスカ?」
「そうね。さみしいことだけど、かわりにあなたには新しい家族が出来る。だから大丈夫。それに私もお父さんも雨露も、ずっとここにいるのだから、会いに来たら大丈夫よ」
 そして、と話を変える。
「もう一つの理由。これはこの世界で大きな役目を背負ってるから」
 役目、という言葉を反すうする。
「これは役目ね。責務というべきなのかしら。避けたい、でも避けられない役目」
「――もしかして、その役目を避けるためにワタシを雪山に置いたのデスカ?」
「そうよ。私はその役目からあなたを逃がしたかった。だけど……」
 こういう予感はあったのだけど、と林は話し始めた。
「それでもあなたはここへ帰ってきた。運命を変えることはできないのね。だから私はあなたに明かすわ」
 ふぅっと息を吐いていた。心なしか緊張しているようにみえる。それを受けて、晶もかしこまって、次の言葉をまった。
「その役目とは――」
 その時だった。ばさばさと翼のはためく音が聞こえる。話を中断して、林が辺りを見回した。
「……シェイがくるわ」
 彼女が指差した方を晶も見る。赤くなっていた空は、いつのまにか暗くなっていた。否、暗くなった訳ではない。その空を塞ぐようにたくさんの者が空を飛んできているのだ。
「お母さん、晶! 早く中に入って!!」
 同じようにこの異変に気付いたのだろう。下から雨露の呼ぶ声が聞こえた。
 それを受けて、階下へと潜る。途中の窓から見た空は、既に真っ黒だった。
 晶はその風景にかつてない震えを感じたのだった。


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ラベル:歯車
posted by 藤原湾 at 00:27| Comment(0) | 文庫◎長編「歯車」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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