2018年07月02日

歯車 第一章 二三

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「歯車-Wheel of fortune-」第一章 二三
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 その途端、フーマが強風を起こす。
『違います! ここはあなたの家ではありません!!』
 悲痛な叫びのような声が聞こえる。けれどワーチは先ほどブレイヴが放った言葉が気になって仕方なかった。
「……わたしの家ってどういうこと?」
「どういうって、そのまま。ここは君の家。正確には君の両親の――サーチェスたちの家だ」
 ブレイヴの顔を見上げる。とても嘘をついているようには思えなかった。
「もし信じられないなら、もう少しこの家を見て回ってもいい。今は空き家だから」
 ブレイヴは家に近づき、扉の鍵を開けた。キィと音を立てて外側へと扉が少し開いたその家は、丸太を積み上げて造られた家だった。こぢんまりとしているが、居心地は良さそうだった。
 ワーチは、そっと足をそこへ踏み入れる。カツカツと床と靴の当たる音がする。廊下が奥へと伸びていて左右にそれぞれ三つずつ部屋があるようだった。扉のない右の玄関側の部屋へ入ると、そこには大きなつくえといす、そして台所と思われる場所があった。懐かしい思いは消えない。
 はっと気づいて、もう一度玄関に立った。きょろきょろとした後、左奥の部屋に飛び込んだ。
「――やっぱり」
 そこは子ども部屋だった。すこし小さめのベッドが置いてある。とても見覚えがあった。
「ここはわたしの部屋ね」
「そうだよ」
 ブレイヴが律義に答える。やっぱり、と今度は心の中で呟いた。
「……どうして自分がこの家に住んでいたか知りたい?」
「知りたい」
 じっとブレイヴの顔を見つめた。
 知りたい。自分がどうしてシン国トセロフのこの家に住んでいたのか、どうしてこの家を捨てて旅にへと出なければならなかったのか。
 ブレイヴは嬉しそうに口を開く。
「長くなるよ?」
「いいわ。覚悟はしてる」
 そこにグオがあんな行動をした理由も隠されてるんでしょ? と訊ねると、まあねとあいまいながらも肯定が返された。
「じゃあ、まずあの人を訪ねようか」
 意味ありげな笑みで笑いかけられた。フーマは横で深くため息をついていた。


 の南方へと、再び山羊の背に乗り向かった。この国の南方にはいっそう深い森がありその向こうに人面獣スフィンクスが住んでいるという。
「でも、人面獣って確か砂漠地帯に住んでいると言われているはずだったけど?」
 疑問に思って訊ねてみると、砂漠に住んでるよ、と返ってくる。
「シン国の森は人面獣の住む国であるサ国トレセドの砂漠が広がらないようにする役目もあるんだよ」
 防砂林っていうらしい、と言うブレイヴの言葉に、ワーチは良く分からなかったけどとりあえず納得したように返事をした。
「じゃあ、シン国とサ国は交流あるんだ」
「結構人面獣と森精人エルフは個人的に行き来してるね。国家的にはよく知らないけど」
 ブレイヴは深い森を避け、比較的木の密集していない道を通った。
 ふと前を見ると、いきなり森が目の前で切れている。その手前で彼は山羊を止めると、その背を降りた。目の前を指差す。
「ここからはサ国だ。一応入国審査あるから降りて」
 言われた通りに地に足をつける。ブレイヴの後をついて森から出た。数歩歩かないうちに、向こうから土ぼこりが立ってくる。それは近づいてきた。目の前に現われたのは人面獣だった。人面獣といっても、顔が人であるだけでなく、上半身が人の身体を備えていた。下半身は獅子のような姿だった。
「そこの人たち、待ちなさい! 入国審査が済んでいない者はこの国には……ってあれ、ブレイヴ?」
「久しぶり、淋磨リンマ
 知り合い? と目で問いかけると、こちらを向いたブレイヴがうなずいた。続けて淋磨と呼ばれていた人面獣に紹介される。
「この子、ワーチ・カッグウィール」
「こんにちは」
 ふぅん、と淋磨に嘗め回すように見られた。なんとなく、居心地が悪い。
「例の子?」
 ブレイヴはその問いにうなずく。じゃあいい、と淋磨が身体を脇によけた。入国してもいいという合図なのだろう。
風磨フウマに話があるんだけど、どこにいる?」
「家にいるんじゃない?」
 仕事があるから案内はできない、という淋磨に別れを告げると再び山羊にまたがって走り出す。
 速度が上がってきたところで、口火を切った。
「フーマって誰のこと?」
 フーマじゃなくてフウマね、と言い方を直されてから続けられた。
「風磨はサ国の代表で、淋磨の姉。彼女の手助けが必要なんだ」
「手助け?」
 そう手助け、と言いながら、山羊に指示を与える。山羊は砂漠の上では走りにくそうにしているが、ブレイヴの命令に忠実に従っていた。
「君の家族を良く知っている者のひとりなんだ。ね、フーマ?」
 ワーチの後ろでふわふわと空中に漂っていたフーマにそう語りかけている。対するフーマは心底嫌そうな顔をした。
「ほら、見えてきた」
 そう言われ視線を前に戻すと、砂丘の上に石をつんで作られた家が見える。
 降りて歩くように指示されたので、ワーチはおとなしく言われるままにすると、しばらくして家の入口が見えた。扉はなく、布がたらしてある。その入口の横についた木の部分をブレイヴが叩くと、木の鳴る音が奥へ響いていく。
「風磨、いる?」
 ブレイヴがそのまま返事を待たずに入っていく。慌てて後を追った。いくつかの入口を通り過ぎ、一番奥に位置する入口の木をまた叩く。
 女性の声で短い返答のあとに、入るよう指示があった。布をよけると、中が見えた。一人の人面獣がたくさんの書類に囲まれて座っていた。
「何じゃ、ブレイヴ」
 今忙しい、と返ってきた言葉に、大事な用があるんだ、と切り込む。そしてワーチを風磨の前に押し出した。
 最初は怪訝そうな顔をしてワーチの顔を見ていたが、その視線が額当てまで来ると驚きの表情へと変わった。
「――誰を連れてきた?」
「サーチェスの娘を」
 その言葉にふぅっとため息をついた。やはり、と小さくもらす。ワーチはそれを受けて、額の石を守っている額当てに手を伸ばした。これはサーチェスが編んだものだった。きれいな模様が入っていて、気に入っている。
「サーチェスの娘、名は?」
「えっと、ワーチ・カッグウィールと言います」
 そうじゃろな、と言われた。確認だったのだろう。
「ここへ連れてきたというのは、全てを明かすつもりなのじゃな?」
 今度はブレイヴに訊ねた。彼女が望んだんだ、と返している。
「……それなら、仕方ない」
 風磨は立ち上がる。手に鍵を持っていた。
真実の森エソペア・ティウク・シェンルティスへと向かうかの」


 山羊はへとへとになっていたので、今度は風磨の背に乗せてもらう。
「父上はお元気か」
「――わたし、物心ついたころから、お母さんと二人暮らしだったんだけど……」
 迷いながらそう言うと、そうかと悲しそうに言われた。すぐに話題が変わる。
「今から向かうところは、真実の森エソペア・ティウク・シェンルティスと呼ばれておる。この森に入る者すべては、おのれの本当の姿と向かいあうことになる。術に結ばれておる者は解かれ、変装しているものは明らかにされる。例外なく、な」
 風磨が振り返る。その目が大丈夫かと聞いてきている。それに対して、大丈夫と答えた。
「ブレイヴにも散々言われたわ。どんなことが真実であっても、どんな決断を迫られようとも、わたしは知りたい。だから大丈夫」
 そうかと今度は嬉しそうに言われた。風磨は前を向き直す。
「じゃあ行くかの」
 その言葉に、はいっと大きく返した。


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ラベル:歯車
posted by 藤原湾 at 15:52| Comment(0) | 文庫◎長編「歯車」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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